季節のヨーガと過ごし方 3月20日「春分」

今日は二十四節気の「春分」
昼と夜の長さがほぼ同じになる日です
ここから徐々に明るい時間が増えて、陽の気が満ちてゆきます
 
屋久島の山々にも、萌黄色がよく見られるようになり
景色が明るくなってきました
 
 
 
わが家の隣には、大きな樟(クスノキ)がいます
トトロが住んでいる樹と言ったら、イメージしやすい方も多いでしょうか…
 
3月に入って、その樹がバラバラと葉を落とし始めました
ハラハラではなくて、本当にバラバラと
まるで音を立てるかのように…
 
家の駐車場は、落ち葉ですっかり覆われてしまいました
 
 
 
落葉は秋というイメージがあったので、この暖冬の影響で色々うまくいかなかったのかな?
と心配して調べてみると
どうやら樟は5月ごろに、春の新芽たちに追われるように古い葉を落とし、新しい姿を見せてくれるそうなのです
 
「そうだったのね」と胸を撫でおろし、今はすっかりやわらかい葉に生まれ変わった大きな樹に、毎朝愛を送っています
 

 
 
 
〇 〇 〇 〇 〇
 
 
 
中国の古典書では、春の季節(2月~4月頃)を「発陳(はっちん)」と言います
「陳」は「古いもの」という意味で、冬に溜め込んでいたものを身体の外に出していくという意味です
 
前回も、春は解毒の季節であることをお伝えしました
この時期の下痢や風邪は、身体の大掃除だという考え方もありますので
内側の素直な反応だと信じて、ゆったりと見守ってあげたいですね
 
 
 
わたしが最近意識しているのは「心の解毒」です
 
わたしたちは生まれてから今まで、育てられてきた環境や教育、人間関係などによって「こうあるべき像」のようなものを纏わされています
正しいこととは何か、社会においての自分の在り方、良いふるまい悪いふるまい etc…
 
意識的に自分の思考や行動を見ていると
いかにこれまで確立してきた「価値観」に大きく影響されているかがわかります
(それは生きていくために必死で身につけてきたスキルであったりするのだけど…)
ときにはそれが、窮屈さや違和感を生み出していて
それすらもマヒして「こんなものだ」と思っていたりします
 
でもよ~く観察してみると
やっぱり内側のどこかには引っ掛かりが残っていて
それが積もり積もって、苦しくなったり
体に何かの症状となって、現われてきます
 
 
 
わたしは現在、3才の息子と共に生きていますので
毎日のように、自分の今までの価値観と向き合う機会を与えられています
 
「それはやってはダメよ!」
「こうしなさい」
「こうした方がうまくいくよ」
 
全て内から出てくる言葉は、今までの「わたし」というフィルターを通して発せられます
 
上のような言葉が出てきたときに
「はて、本当にそうかな?」
「ダメって思っていただけで、誰にとってダメなこと?」
「うまくいくって、物事がどうはこぶこと?今の状況で〝うまくいく”という結果が、息子にとってしあわせなこと?」
と、毎回毎回、問いかけます
 
 
 
すると、多くのことが〝わたしの都合”で発せられた言葉であり
彼の「こうしたい=内なる欲求からくる行動=しあわせ」
を制限することであったりするのに気がついたりします
 
彼はこれからいろんな出来事を体験し
自分自身を確立し
ぐんぐんと成長していく時期です
 
母であるわたしは、彼の「こうしたい」をなるべくのびのびと見守ってあげたい
 
そう思うと、愛や共感こそたっぷりと伝えてあげたいけれど
上記のような言葉は、ほとんど必要なかったりします
 
それはわたしが我慢することではなくて
今まで纏ってきたいろんなものを
ひとつひとつ手放して、自由になっていくプロセス
これは「心の解毒」だと思っています^^
 
 
 
古い葉をすっかり落として
清々しい姿を見せてくれている樟のように
ますます軽やかになってゆけますように…
 
 
 
〇 〇 〇 〇 〇
 
 
 
今月のヨーガMovieは「解毒力を高めるヨーガ(long.ver)」です。
楽しんでいただけますように…